東日本大震災から15年。
私は、宮城県亘理郡山元町にある「山元町震災遺構 中浜小学校」に足を運びました。

2011年3月11日、甚大な被害を受けた校舎は
現在、震災遺構として整備され、2020年から一般公開されています。



手前のアクリル板の高さが、大震災で襲ってきた波の高さだそう。
少しわかりにくいですが、屋根にかかるギリギリのところまで波が迫ってきたことが分かります。
中浜小学校には、屋上付近に屋根裏部屋のようなスペースがありました。
その場所に当時通学していた子どもたち、教職員、保護者の合わせて90人が避難。
2階の天井まで浸水するも、次の日には波が引き
目の前の校庭に着陸することができた自衛隊のヘリコプターで、全員が無事に救助されました。
沿岸部に位置する中浜小学校では、高潮のたびに校庭が浸水していたそう。
そのため、平成元年に校舎を建て替えた際、校地全体が1.5メートル程度かさ上げされていました。
また、避難した屋根裏のスペースには、
小学校の行事で使用していた劇の衣装やブルーシート、体育館には防災用毛布が準備されていたりと
いくつもの「偶然」が重なって困難を乗り越えられることができました。

資料を見ながら語り部ガイドの方のお話を聞きました。
かつて子どもたちの声が響き渡っていたであろう校舎の変わり果てた姿に、
ただただ言葉を失うばかりでした。