画家の寺田さん宅には、八歳になる一人息子の治郎くんと同じく八歳になるダックスフンドの雄犬のマルがいる。つまり治郎くんとマルは同い年なので、赤ちゃんのときからマルが治郎くんの面倒を見てきた。
寒い夜は添い寝して温め、泣けばくうくうとなぐさめて心配しなくてもいいと言い、うんちをすると嗅ぎわけてお母さんを呼ぶ。そんなわけで、八歳になった今、「マルは治郎を弟と思っているんです」と寺田さんは言う。なかなか成長しない弟のことが心配でしょうがないんです、と。
寺田さんが「治郎―ッ」と呼ぶと、マルも治郎くんを呼ぶつもりで「ワンワンッ」と吠える。「治郎―ッ」「ワン、ワンッ」「治郎―ッ」「ワンワンワンッ」。しまいに奥さんから「おやめなさいッ」と寺田さんが叱られるのだ。
マルは耳のいい犬で、人間の会話の中に自分の名前を聞きつけると「ワン」と返事をする。「うちのマルが」「ワン」となるのだ。それはいいとして「まる二日間」と言っても「ワン」と言う。「まるまる肥って」「ワンワン」。うるさいので、名前を変えようかと思っていると寺田さんは言う。「マルじゃなくてサンカクはどうだろうか」と。
今のところ、サンカクへの改名は奥さんと治郎くんから全否定されているらしい。父親の権威は、まるッきり無い。「ワンッ」おっと。
(ケンタ)