その頃スナック・バーという形式の店が流行り出したので、行きつけの喫茶店も夕方 5 時からは、タケちゃんというバーテンダーが入ってお酒と軽食を出すスナックとなりました。タケちゃんは四十がらみの女房持ちで、なかなか味わいのある男。カウンター客のオヤジギャグ「この海にイルカはいるか?」「サラダの皿出して」などには愛想よく適当に応じていました。
ところがある日、常連がちょっと善い行ないをしたという話になって「たいしたもんだ、見上げたもんだね」と皮肉まじりに言ったら、タケちゃんが、そういうのはね、昔はこう言って冷やかしたもんです、と話し出しました。「田へしたもんだねイナゴのしょんべん、見上げたもんだよ屋根屋のふんどし」だって。いやぁ面白いね、もっとある?と聞いたら「乞食のおかゆで湯ばっかり(言うばっかり)」「焼けたお稲荷さんで何の鳥居もない(取り得もない)」「日向のどぶ板で、そっくり返る(エラそうに)」と次々教えてくれました。
一緒に笑った隣の客が、会計のとき「これは別に……」と千円札を出しました。「何ですか、コレ」と尋ねるタケちゃんに「今日は楽しく飲ませてくれたから、これがほんとの謝礼金」。
その客もなかなか洒落っ気のある人でした。