親孝行

もう亡くなりましたが、安部譲二あべじょうじという人がいたのを覚えていますか? そう、四十年も前の昭和六十一年『塀の中の懲りない面々』が大ベストセラーになり、一躍、超有名人になった人です。いい家に生まれながら中学生からグレ出しヤクザの組員となる。何度も刑務所に入り、足を洗ってからその刑務所時代をユーモアとペーソスで描いた作品でした。

最盛期を過ぎた頃、マスコミ関係の友人に紹介されて何度かともに呑んだことがあります。さすが、腹がすわっていて一本気、話も上手で面白い、常に本音でものを言う人でした。

安部さんの話で、今でも忘れられない一節があります。親孝行の話でした。

刑務所に入っているとき、収監仲間の長老格の先輩に安部さんが愚痴をこぼしたそうです。
「務所暮らしを繰り返して、親に心配をかけっ放し。この歳になっても親孝行ひとつ出来ずにいるのが情けない……」

すると先輩が安部さんの目をじっと見て、
「ナオよ(安部譲二の本名は直也)、人間、親孝行なんてものはな、生まれて三、四歳になるまでに済ませてるんだよ。あの頃のあどけない、可愛い仕草や物言いが、どれほど親を喜ばせたか。とっくに親孝行は終わってるんだ」。

そのとき安部譲二さんは「なんてすごい真実を教えてくれるんだ?」と飛び上がったといいます。「親孝行をしたい時分に親は無し」というのは嘘っぱちかもね。