毎年、暮れから正月、冷たい空気がキンキンと張る頃になると、何か大切なことを忘れているような、心が急かされる気分になります。そして、ようやく思い出すのは「そうだ、今年はまだ牡蠣を食べていないんだっけ」。
近くのレストランやスーパーへ行ってみるが、近頃はダメだ。粒は小さく、食感も新鮮さにイマイチといった感じ。昔の牡蠣はうまかったなぁ。二十年も前だが、会社の近くの小料理屋で食べていた味が忘れられない。
店の奥さんの実家が広島で、冬場には捕れたての殻付きが宅急便で送られてくる。生牡蠣はもちろん、フライにしても絶品だった。
あるとき会社の事務係の和ちゃんを誘って、生牡蠣を食べに行ったのだが、私が大失敗。酒びんを持つ手がすべって、和ちゃんの生牡蠣の上にガチャンと落ちてしまった。「ごめん、ごめん、新しいの頼むから」と言うのに和ちゃんは「大丈夫よ。殻は除けて食べるんだから」と平気な顔をして完食した。
それから一年。和ちゃんはお腹が痛いと言って病院で検査を受けたら、胆石だった、という。そして手術したら、コレステロールの丸いかたまりに混じって、まるで真珠のような粒が入っていたと言うのだ。
えっ、真珠? もしかしたら一年前、あの小料理屋で牡蠣の殻が割れたのを平気で食っちゃった、あの小さなかけらが核になって、和ちゃんの胆のうで真珠に育ったのではないか。いや、そうに違いないと、最近では確信するに至ったのであります。和ちゃんはその真珠をペンダントにして首に下げています。