■鈴木信教銅像 郡山市堂前町4−24 如宝寺境内 ●明治初期、如宝寺の住職を務めながら、寄付に頼らずに自費で孤児や貧しい子供たちを お寺で養育して、「みちのくの良寛さま」「生き地蔵様」と呼ばれた鈴木信教の銅像が、如宝寺本堂脇にあります。 ●鈴木信教は、収容児の名実ともに父母となり養育した子供の数は200人に達するといいます。自身は粗衣粗食に甘んじて、養育事業、学校教育、地方開発に全生涯をかけ尽力した郡山の福祉の父でした。